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『琴浦さん』 心を聴く能力

琴浦さん』今期アニメチェック予定には入ってなかったのだけど、Twitter上で随分と話題になっていたので今更ながらにチェック。あまり本数を増やしたくないとき人気作だけチェックするというのはなかなかにいい方法で、その情報を与えてくれる点でTwitterは非常に便利。まあ、Twitterチェックしてる時間削ればアニメ見れる時間はおそらく取れるので、これがプラスになってるかはわからない。ともあれ、琴浦さん一話見た。みてないかたはニコニコでどうぞ。http://ch.nicovideo.jp/channel/kotourasan

TVアニメーション「琴浦さん」その1【Blu-ray Disc 特装版】

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ここからネタバレありで書くが、あまりにも正と負の混在した作品なのでなんとも言えないというのが私の感想で、多くの人の感想でもないだろうか。2ちゃんまとめでいろんな感想読んだが、おもしろいという点でコンセンサスは取れそうだけど各自不満点は結構多い様子。

参考 http://blog.livedoor.jp/nyarusoku_anime/archives/22335808.html http://blog.livedoor.jp/moebutasokuho/archives/22319959.html http://trivianews.doorblog.jp/archives/22306096.html
その筆頭として上がるのが、琴浦さんの学習能力が足りていない点。これに対しての主な反論は、心の声と肉声の判断が付いていないこと、それに加えて子どもだったので対処方がわからなかったというもの。結論から言ってしまうと、これに対する答えはない。その人の経験と嗜好、そして想像力がどこまで及ぶかによって答えが全く違うものになるだろう。少し考えれば肉声と心の声を見分ける対処法(口を使って話しているか、相手の仕草を見た総合的な判断など)はすぐに思いつく。なので問題は対処法の有無ではなく、琴浦さんをどこまで許せるかだ。琴浦さんのように自分の能力を隠さないことを是と出来るか(琴浦さんは敢えて相手の心の声に返事をしている≒心の声と対話することで生まれる弊害を知っていて、それでも心の声と対話する)、琴浦さんの結果を顧みない行動を許容出来るか、それと琴浦さんが単純に好きかどうか、それなどによって琴浦さんの学習能力が足りていないところを許せるか決まるだろう。
だが、本考察ではここに突っ込む。琴浦さんはいつからかわからないが、自分の力を敢えて誇示することでだれも近づけないようにしていた。これは再び傷つけられないための対処法で、親友との別れを決定的な原因と考えるなら中学以降はあえて能力を誇示していたと考えられる。小学生時代の琴浦さんは描写不足なので、果たして琴浦さんがどのように小学生時代を生きていたのかわからない。少なくとも中学年程度までは「化け物」呼ばわりされる力の振るい方をしていたのは間違いない。

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↑9歳くらい?化け物呼ばわりされる琴浦さん

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↑制服が違うのでおそらく中学時代。親友たちとの断絶のシーン


それから中学生になり親友たちとの断絶があるまで琴浦さんがどういう態度で生きていたのか一切描写されないが、これで小学校中学年以降から中学生での別れまでの空白の期間、琴浦さんがどのような生き方をしたのか逆説的に浮かび上がる。おそらく琴浦さんはこの期間、心の声を聴く能力を抑えていた(正確に言うなら心の声と肉声を聞き分け、心の声を無視するようにしていた)。でなければ曲がりなりにも親友と呼べる交友関係を築くことは出来ない。では、なぜ琴浦さんは親友と別れなければならなかったか。それも心の声を聴く力のせいだろう。この能力の問題点は、琴浦さんが言っていたように力の制御ができないこの一点に尽きる。確かに人と話しているとき、それが口が開いているかで見分けは付くが常に情報は入り続ける。その情報は、その人が誰にも話していないことも入っている。なにが口に出された情報か、なにが口に出されてない情報か、それを常に琴浦さんは意識して話さなければいけない。これは、かなりの記憶力と頭の回転が求められる。だれにも言ったことのないはずのことを琴浦さんが”なぜか”知っていた、そういう小さなミスが積み重なり、周囲の不信を生み、親友との断絶を招く事態を生んだのではないだろうか。
琴浦さんが純粋に間違えていたのは、おそらく小学校低学年までだ。自分がなにをやっているかわからずに聴こえるがままに話していたのだろう。7,8歳の女の子が判断できず間違えて学習能力がないと言えるだろうか。そして中学年以降は対処をしたがミスをした。中学生の女の子に対してミスした君が悪いと言えるだろうか。高校になってだれも近づけないために無思慮に力を振るった。そんな琴浦さんを責めることが出来るだろうか。
さてここまで言っておいてなんだが、これは全部私の妄想に過ぎない。どこまでがあっていてどこまでが間違えているか、全部間違えていることもありえる。そんなもの単行本を読んだものに聞けば一発でわかると思われそうだが、それは無粋というものだ(そういうことにしておいて)。私は私の想像できる範囲で琴浦さんのことを想像し、その考えを述べただけに過ぎない。あなたが琴浦さんに対して批判するか擁護するか、それはあなたの勝手だ。だから私も勝手に擁護した。この話にはどこまでも勝手な人間ばかりが登場している。主人公まで「俺がお前が傷つくのを見たくないから、俺と友達になれ」とかトラウマを掘り返すような勝手なことを言う。だが、心をさらけ出させるヒロインの前で建前で挑んでもいけないのだろう。自分の心は琴浦さんに見え透いているわけで、自分の心を汚いと思うものは琴浦さんに向き合うことはできないだろう。だれも自分の考えを知られたくないから、琴浦さんと話すことすら怖がってしまう。建前やオブラートに包んでばかりの周囲の人間は、琴浦さんによってそれをはがされ琴浦さんの前から消えた。自分と向き合うことができない者は、琴浦さんと向き合うことすらできない。自分の心は自分の願いを常に発している。心の声とは自分の願いでもある。ゆえに向き合った人間はみな勝手になる。自分の都合や願いを他人に押し付ける。
だけどそれが、琴浦さんと向き合うときの正しい姿勢だと私は思う。それは琴浦さんにとって必ずプラスとなるわけではない。むしろマイナスのほうが大きいかもしれない。だけど、それで手にした絆はかけがえの無いものになるのではないだろうか。おじいちゃんしかり、坊主しかり、真鍋しかり、彼女はかけがえの無いものを手にしている。彼女は不幸なばかりではない。勝手ながらそう言わせてもらおう。

琴浦さん1 (マイクロマガジン☆コミックス)

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TVアニメーション「琴浦さん」OPテーマ::そんなこと裏のまた裏話でしょ?

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最後にもう一つ勝手なことを……真鍋くん(cv.福島潤)の声優は福山潤にしとけ!!

 

追記.子どもの頃の琴浦さんは口が動いてないのになにか聞こえることをおかしいと思わなかった点が悪い、というような反論があるかもしれない。だが、それに気づくことは非常に難しいことを言っておく。人間は自分の感覚を疑えない。まして子どもだと尚更それが強い。”違い”は周囲との差異や比較によって浮かび上がる。外見やデータはそれがわかりやすいが、内側はそれに気づきにくい。体重計に乗らなければ自分の体重の増減に気づきにくいのと同じように、自分にとって当たり前のことをおかしいと思って考えることはほんとうに難しいことだ。口が動いてなくてもしゃべれることは琴浦さんにとって当たり前で、それがおかしいと自分で気づくには大きなきっかけがなければ無理だというのは言っておかなければならないだろう。あと、絆って言葉を使っても琴浦さんに関しては胡散臭さが感じられないので、そのあたりが非常にいいと思います。

新年のご挨拶遅れましたが、どうぞ本年もよろしくお願いします。