『言の葉の庭』について好き勝手いう

大人になりたかったけど大人になれなかった女性と、大人みたいだけど大人ではない少年。

一から関係性をつくり上げる物語だったという印象。

鳴神の 光りとよみて さし曇り 雨さへ降れや 君は留らむ

雪乃ちゃんは最初にこの短歌を孝雄に送ったけど、これはだれかに救ってほしいというサインとしか感じ取れない。二人で過ごした四阿の下での時間が雪乃ちゃんにとってなんとなくリラックス出来るものだったから、たぶんこの短歌を送ったんだろう。それが理解されない前提で送ってるというのが雪乃ちゃんのいやらしさ。押しの弱さと卑屈さが入り混じってる感じ。気づいてほしい願いを込めてこの詩を送ってて、声なき声に気づいた孝雄はロマンチックだけど、やっぱ回りくどい。

あの物語の救いは孝雄が雪野の声なき声に気付いたことではなくて、雪野が思いっきり泣いて胸を孝雄が貸してあげたところ。あの瞬間にこみ上げるものはある。でも孝雄が一方的に頼られる関係になってしまいかねないものを感じたところもあって、此処から雪野ちゃんは大人を目指すのか気になるところ。泣いたあとに自分で立つのか孝雄に依って立つのかで大きく違う。そこを見せないのは希望でもあるし怖いところでもある。それにしても、やはり男は母親に似た女性を好きになるものなんだろうか。雪野ちゃんの芯の部分は弱さを含むもので、それは母親に似ているものでもあったように思う。男に依存する孝雄の母は、雪野の一つの未来の暗示にも思える。

二人のモノローグが重なった「今までの人生で一番幸せかもしれない」が未来の補強になってる。一緒にいることが幸せという究極の関係性を築いてしまったのだから、それはもう一緒になった二人を祝福するしかない。二人で一緒にいることを願うしかない。

秒速ではタカキくんがうじうじしてて、あかりちゃんが割り切って先に進む役をやっていたが、今回は男女逆の役割を与えられてる。なぜそうしたかはわからないが、変わったことはある。

雪野ちゃんの悩む姿は絵になっていたが、タカキくんは鬱陶しかっただけだ。

雪野ちゃんが、ベッドで腕を枕にしてうつ伏せ加減で横向きになっているところを背中側から横向きのバストショットで捉えていたシーンがあったが、あれが物凄くエロかった。色気があって美しかった。背中の肩甲骨のラインを白トビっぽく表現していたが、光を照り返す肌の艶を感じさせる。その上、成熟した大人のラインになっていて、27歳の女性の色気と若さが入り混じった素晴らしいカットだと思う。タカキくんではそんなカットは無理だ。かわいい女の子じゃないという圧倒的な壁がそこにある。

大人だけど子どもっぽい、子どもっぽいけど大人。彼女が持つ魅力はそこで、高校生がそんなもんを見せられれば、惚れて必死にもなるさという感じ。

ラストシーンは手紙だったけど、あれは手紙じゃないとダメだった。二人は雨の日だけ会える関係。孝雄と雪野ちゃんには特別な距離感が存在する。いつでもどこでも繋がれるメールやネットでは二人の関係ではなくて、届くのに時間がかかる手紙でなければならなかった。いつでも繋がれないから、その人のことを思い返すために手紙を読み返すし字には人の思いがこもる。古典の教師ってのも大きくて、手紙の持つ魅力を十分に理解してるからこそ、特別な人に送るものは手紙がいいって裏読みも出来たり。距離的にも条件的にも二人の関係にはいつも距離感があって、その距離感を保ってるから二人は一緒に歩いていけるんじゃないかな。

大人になって会いに行って愛に行けばいい。