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マネーボール

”人は野球に夢を見る”

あらすじとかはwikiで。

他の感想書いてる人たちも書いてるんですけど、この映画すごくガッツポーズが印象に残ります。20連勝が懸かった試合でもビリーは試合を生で見ることをしようとしなかったんですけど、データと統計を信じて自分の人生を委ねたはずのビリーがジンクスに縛られて試合を生で見ようとしない姿に人間味を感じます。ジンクスはオカルトでしかないと彼自身どこかでわかっているはずです。11-0から徐々に点を取られて追いつかれていく試合展開と、その試合展開を静止できない彼の様子が重なって非常におもしろかったです。

統計的に見て正しいことを基準として改革を推し進めようとするビリーと、経験で養われた勘を根拠にビリーの改革は間違っていると反発するスカウト陣、それをビリーは「統計的に正しい、これ以上の議論は必要ない」と言って改革を断行する。そんな彼も数字にすべてを委ねきることは出来ずにオカルトであるジンクスを破ることは出来ない。そこに彼の不完全性や感情が現れてて、そういった人間のめんどくささとそれを凌駕する歓喜が含まれたガッツポーズが凄まじい。

後々、ビリーはピーターに「記録をつくったって忘れられる。勝たなければ意味は無い」としれっと語ったけど、そのシーンの前提にはこのガッツポーズがあって、割り切れないビリーの感情が見え隠れしてる。数字にすべてを委ねて勝ちだけを目指そうとするビリーだけど、そこまで徹しきれないビリーの弱さが終始つきまとっていて、非常に人間味にあふれた映画になってます。

プレーオフでツインズに負けたときアナウンサーが「野球はここのプレーの積み重ね。統計や数字では測れない。ビリーのやり方は間違っていた」みたいな感じで辛辣なこと言われてたけど、この意見こそが既得権を代弁してて、それにビリーは結局勝てなかった。だけど、データを駆使した野球自体はレッドソックスが世界一になったことでその価値を証明した。セイバーメトリクス(データ)を駆使した野球自体は勝ちで、ビリーは未だに勝ててない。

映画はどこかで終わらなければならないから、映画にはピリオドが打たれる。だけど、現実にビリーは未だ戦い続けててその挑戦は終わってない。でも、もうビリーの打ち立てた理論の価値はもう証明されてて、ビリーやレッドソックス以外のチームもセイバーメトリクスを駆使した野球をやってる。ならビリーは勝ったのか。ビリーは今なにと戦っているのか。

ビリーはすべては勝つためだと言ったが、なにを持って勝ちとするのか。ワールドシリーズを優勝したところで、次の年になればまた戦いは始まる。なにをもって勝ちとするのか、どこで終われるのか。その答えは映画の中ではでなかった。出来るのならば、ビリーが引退したあとその答えを実際にビリーから聞きたいものである。

以下、気になったポイント箇条書き

・撮影された映像と現実に行われた2002年の試合の映像が混成された映像で現実とフィクションの境界が曖昧にされている

・トレード交渉がすごい。権限がGMに集中されてて即断即決で交渉をまとめられるのは日本では見られそうにない。契約社会すごい。すごい厳しい

・トレードがまとまったときのビリーのガッツポーズもいい。それ以上にピーターとのハイタッチが素晴らしい。

・いつも洋画見ると思うが、人と人との距離感がよくわからん。日本だと仲悪いと言われそうな関係でも、実際仲悪くないってことが多い。はっきりした態度だから角が立つんだろうけど、それで実際うまく回せてるんだから、要はやり方次第

・漢なら横顔と背中で語れ

・ブラピかっけえ

監督 ベネット・ミラー
脚本 スティーヴン・ザイリアン
アーロン・ソーキン
原案 スタン・チャーヴィン
原作 マイケル・ルイス
マネー・ボール

参考サイト

それにしても - 基本ライトノベル

敗者は声を殺してガッツポーズをする『マネーボール』(2011) - いずむうびい