読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

切(せっ)磋(さ)琢(たく)磨(ま)

「公務員だけ完璧な人間を100%採用しろとは難しい」 橋下市長、セクハラ校長問題で(2/2ページ) - MSN産経west

 --一度公募をやめて制度を見直す考えはないか

 民間出身の校長全員に問題があるならストップするが、頑張っている校長もたくさんおり、公募制度には何も問題ない。内部人材と外部人材で切(せっ)磋(さ)琢(たく)磨(ま)させるのが僕の目指すところだ。

 

【大相撲】異例の事態 稀勢はどこで稽古? - MSN産経ニュース

 「師匠」は部屋を持つ年寄を意味し、所属する力士だけでなく、行司や呼び出し、床山ら協会員を養う責任がある。寝食を共にしながら、切(せっ)磋(さ)琢 (たく)磨(ま)していくのが相撲部屋の伝統。証書は先代の“遺産”といえなくもないが、師匠が路頭に迷えば弟子等も困ることは、先代親方夫人も十分分っ ていたはずではないか。

 切(せっ)磋(さ)琢(たく)磨(ま)

なぜこのような読みにくい変な書き方をしているのか。

しかしこれは読みにくいが、それ以上におもしろい表現ではないか。大相撲のニュースを読んでいたらこの謎の表現が出てきて、ググってみたら同じような書き方をしている記事がまた出てきた。同じ産経だし、こんな書き方をする人が二人もいるとは考えにくいので、同一ライターの記事だと思う。しかし、だとすれば尚更不可解だ。仮にもこのライターはプロのはずだ。プロのライターは記事の書き方というものを徹底的に教えこまれる。こんな読みにくく面倒なことをわざわざするなんて普通に考えてあり得ない。そこにはライターの思想があるはずだ。なんらかの意図を感じざるを得ない。

ということで、切磋琢磨という言葉を調べてみた。すると、この四字熟語の語源がわかった。

 出典は中国最古の詩集『詩経』の「衛風(えいふう)・淇奥(きいく)」による。

「切」は骨や象牙を切ることで、「磋」はそれらを研ぐこと。

「琢」は玉や石を打ち叩いたくことで、「磨」は磨くことを意味する。

詩経』ではこれらの語を用いて「切するが如く磋するが如く、琢するが如く磨するが如く」と、細工師の技工や完成した細工品に喩えて衛の武公をたたえたことから、切磋琢磨は学問や精神・人格を磨き、向上することを意味するようになった。

また、「切磋」のみや「琢磨」のみで用いることもある。

(言語辞典より引用 http://gogen-allguide.com/se/sessatakuma.html

 ここまでわかればこのライターがおそらく意図したであろうことも見えてくる。一文字一文字を区切ることで、切磋琢磨という言葉が持つ本来の意味を強調したかったのだろう。「切するが如く磋するが如く、琢するが如く磨するが如く」。

今日では切磋琢磨の言葉の意味が「友人同士が互いに励まし合い競争し合って、共に向上すること」といったような和らいだ意味で使われることが多くなっている。しかし、このライターは削り合ったりうち叩いたりといった意味を強調したいのではないだろうか。

切磋琢磨するとは、励まし合ってお互いが頑張り合うような青春模様が思い浮かぶ意味ではなく、お互いのぶつかり合いや削り合いの中で磨かれていく意味であると言いたいのではないだろうか。

相撲界の記者やってるような人なら、今のスポーツ界は温いと思っているようなイメージがあるので、前時代に帰れというメッセージを込めるようなことをしてもおかしくないようにも思えるが、これも酷い偏見で、ほんとうに意図があるかもわからない。

切(せっ)磋(さ)琢(たく)磨(ま)の表現がなんかおもしろかったから、気になって調べた、それだけのことから始まったのになんかめんどくさいとこに行き着いたなあ。