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プラダを着た悪魔

「私に出来ることは?」

「仕事」

 あらすじはwikiで。

オープニングは起きてから出社のための準備をする女たち。女の戦闘準備は着飾って化粧をすることだと言わんばかりの女たちに紛れて、この映画の主人公となる女はそこに無頓着。出社前の準備をオープニングに持ってくるセンスに脱帽したが、主人公の女性のファッションへの興味のなさも一緒に描く合わせ技一本の構成の巧さもまた痺れる。起きてから着替えて化粧をする間に気合が高まっていく女たちの姿に仕事が出来る女の雰囲気が感じられる。出社してからエンジンをかけるのではなく、準備段階でエンジンをかけていき始業の時間にはエンジン全開に出来るようにする。その姿勢に仕事への真剣さが感じられ、ファッション業界という傍から見れば浮ついた業界に思える偏見をぶち壊す。冒頭の映像は徹底して仕事の厳しさを見せるようにしていて、浮ついた気持ちをどんどん引き締めると同時に、映像に惹き込む。

あと、オープニングの着替えのとこでブラを着けるとこがあるが、そのおっぱいが素晴らしい。二次元の理想とするおっぱいに限りなく近いおっぱいを見た。二次元の理想のおっぱいは様々あって、漫画家は各々の理想とするおっぱいを表現するために試行錯誤しているが、その理想の一つがあのおっぱいには確かにあった。下乳がブラに押しつぶされるとき、若干上に漏れるおっぱい。そのときのおっぱいの歪みと揺れ方、これが絶妙なのだ。

今の漫画のおっぱい表現はおおまかにだが二つにわけられると思う。

線を崩して柔らかく見せることを重視するおっぱいと、カタチを重視し美しいスタイル(全身のバランスを考えて美しく見えるよう配置され描かれたおっぱい)を追い求めるおっぱいだ。

前者を追い求めれば美しさ(スタイルの綺麗さ)は薄まるがエロさ(卑猥さ)が強調される。後者を追い求めれば美しいスタイルの女性になるが卑猥さは薄まる。どちらが良くてどちらが悪いわけではない。これは個人の好みの問題だ。

それで、あの映像にあったおっぱいはどうか。どちらのいいところも取り入れたようなおっぱいだ。あのおっぱいは柔らかさを感じさせながら美しい理想のおっぱいだった。

シリコンを入れたようなおっぱいはカタチが整っていてジャンプすればキレイにぷるんと揺れる。だが、中がキレイに詰まっているせいかカタチが崩れにくく柔らかそうにならない。柔らかそうなおっぱいは、重力に弱くカタチが崩れやすく美しさがない。柔らかそうなおっぱいと美しいおっぱいは両立し難い。

それが、両立した奇跡的なバランスを保ったおっぱいがオープニングのそれだ。ブラに下乳が押し上げられ上に脂肪が乗る。だが、それが身体のバランスにあっていて美しさを損ねない。

そこだけでも『プラダを着た悪魔』を見た甲斐があった。この感想も出社前の女性を撮ったこととおっぱいが素晴らしいことを書ければ満足なので、もうこれ以上書かなくてもいいんだが、それではあまりにも酷いのでもう少しだけお付き合いを。と思ったがそこそこ書けて満足したからここまでで。