千年女優 走り切った彼女の生き様

千年女優 [DVD]

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恋に恋をした女は走り続ける。

フィクション内フィクションが交錯し、どこまでが現実でどこまでがフィクション内フィクションなのか。その境界を破壊する。しかし、境界が破壊された中でも残る思いが彼女の本質であり、彼女のやりたかったことであり、彼女の生き様。

彼女は恋をした。その思いはなんだったのか。

「今度はきっと逢えますね。あの人に…」

「どうでしょうね。でも、どっちでもいいのかもしれない」

「えっ?」

「だって……わたし」

「だって私、あの人を追いかけてる私が好きなんだもの」

ぶち壊しにも思えるラストだった。

しかしどうだろう、正直なところ、見ている最中にこれには気付いていた。どういうラストになるかわからなかったが、彼女が初恋を追いかける理由はおそらくこれであると予想は付いていた。そして多くの人はこれに気付いたであろう。

何故、彼を追いかけるのか?そこまで鮮烈で執拗な思いだったからか。愛ゆえか。

映画のPVを見たら『その恋は狂気にも似ている』と書かれていたが、この理由を考えたとき、それが外部からもたらされたものでなく、内側からもたらされたものであることに気付ける。

初恋だった。それも少し会話しただけの人との初恋を追い続けた。

これを例えるなら、クラスで一度会話を重ねただけのかわいい女の子(かっこいい男の子)に惚れるのと似ている。その人の人間性はほとんど知らないにも関わらず恋をしてしまう。それは都合のいい妄想の産物に近い。その人の人間性を自分の中だけで勝手につくりあげて理想のものとしてしまう。彼女が恋をしていたのは”彼”ではなく”自分の中でつくりあげた理想の鍵の彼”でしかない。彼が彼である必要はない。偶像に恋をしているのと本質的に変わりないように思える。私で言うならば、二次元の理想の彼女。それが現実にいた、という事実があるだけ現実的で偶像化しやすい。非常に都合のいい理想の恋愛だ。

私は彼女の恋をその程度にしかとらえなかった。だが、その恋は非常に素晴らしいものだったと思う。なぜなら、その恋は理想の自分になれるからだ。

人はなぜ恋をするのか、それはその人が好きだからという単純な理由で片付けられるものばかりではない。すべてを捨てても一緒にいたい、という恋もあれば、打算に満ちた恋もある。だが、私はどちらも等しく恋であると思う。恋しく思う気持ちがあるのならば、その人を求める気持ちがあるのならば恋であることは変わらないだろう。職業に貴賎がないように、恋に貴賎はない。あるとしたら体裁だけだ。

彼女は彼を求めていた。

その目的は愛情を与えられることではなかった。自らの内から湧いて出る欲。恋に恋する自分でありたかったのだろう。だれかを追い続ける自分でありたかったのだろう。だから、彼女は相手が見つからなくても良かったと言った。

だが、それも結果論だ。彼女は彼を思い出せないと泣いた。彼を恋しく思って枕を濡らした日もあっただろう。彼女は長い歳月の間、彼を思っていたのだ。その間の心境は映像だけではとても計り知れない。それこそ体感時間として千年に及ぶのではないかと想像してしまう。最後のセリフだけで判断できるものではない。

彼女は走り続けた。映像も走ってばかりだったし、走ってばかりの人生だったのではないだろうか。しかし、それがなりたかった自分なのだろう。なりたい自分にならせてくれる相手が彼で、そんな人に恋をした。

それは愛ではないかもしれないけど、恋に恋をしただけかもしれないけど、彼女の走り続けた人生から生み出される汗と苦悩は本物だったと思う。それこそ、愛するものに振り向いてもらえない苦悩、意思疎通がうまくいかなかった苦悩とは別だけど、同じくらいにつらく疲れた生涯だったのではないだろうか。

フィクションと現実が入り交じってなにがほんとうかわからなくなってしまったけど、ほんものだと信じられるものがいくつもあった。

虚構から生み出された少しばかりの現実(リアリティ)が、私たちに教訓と感動を与えてくれる。虚構からなにを見出して取り出すのか、見ている私たちが大きく試される作品だったと思う。

 

※追記

これ、新海誠監督『秒速五センチメートル』の女性主人公ver.だよね。初恋をいつまでも追い続けた女性の話。ただ秒速と違うのは主人公の性格がさっぱりしてるか、内向的かってところ。内向的で優柔不断な男が初恋を断ち切る物語が秒速で、さっぱりした一意専心な女性がひたすらに初恋を追い続けて死ぬまでを描いた物語が千年女優。どちらも途中で初恋の気持ちを引き摺りながらも付き合ったりする共通点があるのがおもしろい。

記憶は風化していくという点が、両作品を読み解くキーになるのかもしれない。気持ちを貫き通すか、それとも引き摺りながら折り合いつけて生きていくのか。合わせてチェックしたい作品。