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『艦隊これくしょん』3話 三つの気になったセリフ

アニメ

あらすじ STORYアニメ「艦隊これくしょん -艦これ-」公式サイト

 如月轟沈回として騒がれていた回だが、轟沈に関しては艦これファンなら予想通りといったところだろう。そもそも、ゲーム『艦これ』の生みの親、アニメでは原案ストーリー/コンセプトという立場の田中謙介さんは、ゲームをつくる原動力となったものに、沈んでいった軍艦を忘れて欲しくなかった、という想いがあったことを語っている。

4Gamer
 最初にうかがいたいのは,「艦これ」が,“萌え系”の“オンラインゲーム”で“育成系”と,三本柱の揃っているゲームでありながら“データロストがあ る”という,比較的珍しい構成になっている点です。この「データロストがある」という仕様は,どういう経緯で実装されたのでしょうか。

田中氏:
 実は「艦これ」は,最初はほとんど自分の趣味の企画といってもいい存在だったんです。旧軍の要港があった街や,奮戦して壮烈に,あるいは誰も見ていない ところで悲しく沈んでいった艦艇を何らかの形で紹介し,一瞬でもいいからみんなで共有できるようなものを作りたいというのが,そもそもの発端でした。
 だから,そういう哀しみの史実や喪失感,もしくは痛みといったものを感じさせるプロトコルとして,ロストというのは当然の選択だったんです。実際にブラウザゲームとして実装してみたら,多くの提督(「艦これ」プレイヤーのこと)から「ロストは珍しい」「やめて」とも言われたのですが,むしろそれ以外にどうやって表現するんだと(笑)。

(引用:4gamer.net『「艦隊これくしょん -艦これ-」はいかにして生み出されたのか。その思想から今後のアップデートまで,角川ゲームスの田中謙介氏に語ってもらった-』http://www.4gamer.net/games/205/G020591/20130911062/
如月のこと、忘れないでね…(『艦これ』三話 如月最後のセリフ)

   田中さんのこの思いがあって艦これが始まった以上、アニメも轟沈描写は避けられないという予想はされて然るべきだ。その艦娘のファンであれば残念に思うのは当然かもしれないが、それ含めて艦これと思うほかないと考えている。もう沈んでいる軍艦だからこそ乗員含めて忘れないことだけが、生きているものに出来る最大の祈りだ。

余談だが、艦これは田中さんの極めて個人的な思いから始まり、それが凄まじい速度で拡大したコンテンツなので田中さんの意向が強く反映されやすいコンテンツでもあるように思う。二話まではアニメとゲームは別ものだと考えていたが、この一件からして田中さんの思想が要所要所に入り込んでくるのかもしれない。

三話の脚本家は吉野弘幸さんだ。吉野さんには個人的にいい印象を持ってなかったが今回はベテラン脚本家らしい上手い手際だったと思う。序盤の盛り上げ方からラストで落とす展開は鉄則とはいえ見事なものだった。コンテ・演出を務めた玉木慎吾さんが恥ずかしがらずに真っ向勝負で演出したことが好結果を生んだ要因。二人とも素晴らしい仕事をされている。

 鋼の艤装は戦うために

高鳴る血潮は護るために

秘めた心は愛するために

 中でも圧巻だったのはAパートラスト、出撃の日の朝、赤城が朝焼けをバックに吹雪に語りかけるシーン。この赤城の口上を考えた人が吉野さんかわからないが、素晴らしいセリフだ。これ以上ないほどベタなシーンだが、ここを恥ずかしがって奇を衒えばろくな結果にならない。海、ストレートな口上、朝日を逆行にハイコントラストの画面、どうしようもないほどベタなシーンにベタなセリフにベタな作画、ビックコンテンツほど映えるベタで素晴らしい演出。三話のAパートは今までの『艦これ』の中では圧倒的に好き。Bパートの演出も吹雪が睦月を助けるシーン、如月が撃墜されるシーン、轟沈したことを伝えられずにはしゃぐ睦月に利根と神通と長門のOFFセリフ、どれもベタな演出だったが正しい演出だった。

 利根『言っておらぬのか?』

神通『まだ確定してませんから。希望が少しでもあるうちは…』

利根『じゃがその方が残酷なこともあるぞ』

 それとこのセリフについては少し注意して考えておきたい。残酷な真実は出来る限り早いうちに知っておいたほうが傷が浅くて済む、という意味だけで捉えてしまいそうだが、それだけでは少し足りないと思う。このシーンだと現に睦月は轟沈した事実を知らないせいで如月との会話をシミュレーションして妄想だけで喜んでいる。喜んでいる分だけ事実を知ったときに傷が深くなる可能性が高いため、利根の忠告は正鵠を射ていただろう。早く知らせておいたほうが傷は浅くて済んだかもしれない。だが、それだけだろうか。私はどうしても伝える場面を想像してしまう。睦月に対して如月が死んだことを伝えなければならないものがいる。それを報告するのは如月を死なせてしまった仲間たちになってしまう、ということだ。戦闘がやっと終わったと思ったら如月がいなくなったことがわかって疲れた身体に鞭打って捜索を続けるも見つからず帰還してきた仲間たちが、明るい表情を浮かべる睦月に向かって真実を伝えなければならない。それは大変に疲れることだ。残酷というのは、如月が死んだことを知る睦月だけのことではない。如月を死なせてしまうことになった一緒に戦っていたものたちにとって、それをだれかに伝えなければならないというのは非常に重い作業なのだ。その重責は現場で一緒に戦っていたものたちにではなく、上司である自分たちが負担するべきではないかという意味を込めたセリフでもあるんじゃないだろうか。組織構造しらないけども。

残酷というのは死者の関係者のだれにも当てはまることで、ただ睦月可哀想というのは考えが甘すぎるというもの。それを忘れてほしくない。